「マイクロプラスチックが人間の脳に浸透する-人体への影響」 惣田昱夫

マイクロプラスチックが人間の脳に浸透する-人体への影響 — 惣田昱夫

 2025年2月3日付けの医学誌「ネイチャー・メディシン」に「Plastic shards permeate human brains,プラスチックの破片が人間の脳に浸透する」として正式に掲載されました。新聞各社,テレビや幾つかのネット情報で掲載されましたからご存知の方もおいでだと思います。研究対象としてプラスチック汚染や環境ホルモン物質等の研究をして、海洋汚染の深刻さについて何回も話をしていたものとして、本報告のプレプリントの段階で注目していたものとしてかなり深刻に受け止めています。その内容を少し紹介しましょう。論文は米デューク大学とニューメキシコ大学のグループの発表で、昨年8月に査読前の論文でしたが、正式の論文として採用されたものです。論文の要旨は、「1997年に亡くなった人々から収集された91の脳サンプルでMNPs(マイクロ、ナノプラスチック)を2016年から2024年にかけて測定したところ、すべてのサンプルの測定値で年々大幅な増加を示した。MNPの濃度の中央値は3,345μg/gから4,917μg/gと約50%増加した。」という内容です。以下の写真が掲載されています。

人間の脳組織に見られる長さ200nm未満、幅40nm未満のMNPの小さな破片(論文から)


 また、悩組織のMP.MP濃度は他の臓器と比較して約10倍高い、主成分はポリエチレン、形状は薄い鋭利な破片状、認知症患者は高濃度という内容です。これまで言われてきた「血液脳関門」と言われてきた防御システムがマイクロプラスチックの侵入を完全には防げていないことを示しています。新型コロナウイルスでも脳内への侵入が言われていましたが、そのことを諮らずしも裏付ける結果となっています。さらに最近の中国の大学の研究のマウスの実験でMPが2~3時間で脳血管に到達するという報告もあります。昨年9月にも世界的に注目される論文が出ています。イタリアのカンパニア大学ルイジヴァンヴィテッリらの研究グループの論文ですが、体内に侵入する化学物質を含んだ小さなプラスチック片が心臓の健康にどう影響するかを調べています。257人の患者に対して術後3年近く追跡がおこなわれ、58.4%にあたる150人の患者の頸動脈プラークからポリエチレンが検出されています。また、12.1%にあたる31人の患者にも、測定可能な量のポリ塩化ビニルが検出されたとしています。特に注目するのは、頸動脈プラークのできた患者は心臓発作と脳卒中のリスクが高まっていることを明らかにしました。

 他にベルリン自由大学(ドイツ)の研究チームは「鼻粘膜が脳脊髄液と相互作用し、鼻の奥の骨構造(篩骨)の微細な「穿孔」を介してマイクロプラスチックが嗅球に侵入する」、また「プラスチック粒子に染色を施し、体内でどのように相互作用するかを追跡するためにヒトの腸から細胞を取り出した。すると24時間後、腸内で粘液を生成する特定の消化細胞が、大量のマイクロプラスチックやナノプラスチック粒子を吸収していることが判明した」という報告もあります。


小さくなったマイクロプラスチックク類


 これらの報告を見ると、まさにマイクロプラスチック削減の対策は待ったなしの課題だといえます。何故なら、プラスチックは単なる環境問題というだけでなく、人間の健康問題となってきているからです。これまで汚染の内容はマイクロプラスチック(MP:直径が5mm以下のもの)が取り上げられその汚染が問題視されてきましたが、今回の報告では、さらに微細なナノプラスチックが問題となっています。ナノプラスチック(NP:直径が1nmから1μmの大きさ)は名前の通り、微生物よりさらに小さな固形物として直接細胞に入り障害を起こしているという報告です。これまで広く認識されていたのは、1)プラスチックは有害物質を吸着する、2)魚が接種し、生物濃縮される3)私たちが魚を食べる、これにより人体への影響が出るとされていましたが、今や腸等から吸収されたNPが血液内に入り、頸動脈プラークを作ったり、脳へ運ばれて蓄積したりしており、まさに直接人体への取り込みと人体への影響、病気へと進んでいくことが明らかになったことです。

 以前空気中のMPが問題となっていました。NHK、クローズアップ現代で取りあげられていた早稲田大学の大河内博教授の富士山で調査した大気中から髪の毛の太さの半分の25nmというNPが、他にもポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネートなど目に見えない大きさのNPも検出されています。日本でも農工大学の高田教授らのグループは血液中からポリスチレンが検出されたと報告しており、大気中だけでなく飲み水なども汚染されている可能性もあり、今問題となっている有機フッ素物質(PFAS)だけでなくMPなどの検査も必要となってくるかもしれません。世界では8747本のMP の毒性に関する研究が報告されています。今後もMPに関する新しい知見が出てくるものと予想されます。

 四方が海に囲まれた海洋国日本にとって、プラスチックや化学物質等による汚染は見逃すことのできない問題です。日本の海洋調査で明らかになってきましたが、3000mの深海にも軽い素材のプラスチックが蓄積し海底汚染が進んでいるという報告もあります。
 
 今回の論文はMP・NP汚染が便利な資材のプラスチックによる単なる環境汚染でなく健康問題、健康被害となってきていることを示しています。
 

 次回、海洋のプラスチック汚染の現状とプラスチックの海洋汚染が地球温暖化をさらに深刻化させている問題を取り上げその対策を考えてみたいと思います。

参考文献
1) マシュー・カンペン他、Plastic shards permeate human brains,ネイチャー・メディシン、2025/2/3
2) NHKクローズアップ現代、2024/2/4
3) 各種新聞やCNNニュース等


筆者経歴
惣田昱夫 農学博士(岐阜大学)
1945年生まれ
1969年 静岡大学農学部卒
1970年から2003年まで神奈川県に勤務
(内1984年から1991年まで神奈川県衛生研究所勤務)
2004年4月から2011年3月静岡理工科大学理工学部物質生命科学科教授
2011年3月定年退職
2016年から現在まで、電子顕微鏡でミクロを観る会代表
(横浜氏旭区若葉台在住)

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